コラム
VSMは“ブルーカラーだけの道具”ではない
社会や現場の「あるある」課題
「VSMって、工場のライン改善で使うものでしょう?」
「うちは製造業ではないので、あまり関係ない気がします」
「ホワイトカラーの仕事は、流れを図にするほど単純ではない」
ものと情報の流れ線図(VSM)を紹介すると、
ホワイトカラーの現場ではこうした反応が返ってくることが少なくありません。
確かに、VSMはトヨタ生産方式の文脈で語られることが多く、
部品や製品が工程を流れる製造現場のイメージが強い手法です。
そのため、
「VSM=ブルーカラー向けの道具」
という印象を持たれやすいのは無理もありません。
しかし、ここに大きな誤解があります。
VSMの本質は、
“モノを描くこと”ではなく、“価値が流れる構造を見える化すること”
にあります。
そう考えると、むしろホワイトカラーの現場こそ、
VSMが力を発揮する場面は少なくありません。

VSMの対象は「作業」ではなく「価値の流れ」
VSMを「工程図」だと思うと、
確かにホワイトカラーには合わないように見えます。
しかし、VSMが見ているのは、
単なる作業の順番ではありません。
見ているのは、
顧客に価値が届くまでに、何がどう流れているか
です。
製造現場であれば、
その流れは部品や製品という“モノ”で見えやすい。
一方、ホワイトカラーでは、
その流れは次のような形をとります。
- 問い合わせ対応
- 見積作成
- 提案書作成
- 承認申請
- 契約手続き
- 採用選考
- 経費精算
- 会議体での意思決定
- 開発案件の仕様調整
これらはすべて、
「目に見える製品」はなくても、
顧客や社内の相手に価値を届ける一連の流れです。
つまり、VSMの対象として十分に成立しています。
ホワイトカラーの仕事は“流れていない”ことが多い
むしろ、ホワイトカラーの仕事には、
製造現場以上に“流れの悪さ”が潜んでいます。
たとえば、こんな場面です。
- メールが来たまま、受信箱で止まる
- 依頼はしたが、誰がいつまでにやるか曖昧
- 承認者が複数いて、どこで止まっているか分からない
- 会議で決まらず、宿題だけ増える
- 資料が何度も差し戻される
- 別部署との確認待ちで数日止まる
これらは一見、
「業務が複雑だから仕方ない」
「ホワイトカラーは属人的だから当然」
と片づけられがちです。
しかしTPSの視点では、
これは“仕方ない”ではなく、
改善すべき流れの乱れです。
しかも厄介なのは、
ホワイトカラーのムダは、目に見えないことです。
製造現場なら、仕掛品が山積みになっていれば分かります。
でもホワイトカラーでは、
滞留はメールボックスや個人の頭の中に隠れています。
だからこそ、VSMが必要なのです。
「見えない仕事」を見えるようにするのがVSMの価値
ホワイトカラーの仕事は、
「無形だから見えない」のではありません。
描いていないから見えないのです。
たとえば、営業の見積対応を考えてみましょう。
- 顧客から依頼が来る
- 営業が内容を整理する
- 技術部に確認する
- 原価を確認する
- 上司に相談する
- 見積を作る
- 承認を取る
- 顧客に送る
この流れは、書き出してみれば十分に追えます。
さらに、
- どこで止まるか
- どこで差し戻されるか
- どこで判断基準が曖昧か
- どこで情報が不足するか
- どこで“ついで仕事”になっているか
まで見えてきます。
つまりVSMは、
ホワイトカラーの複雑さを単純化する道具ではなく、
複雑さの中にある構造をあぶり出す道具なのです。
ホワイトカラーVSMで見るべき3つのポイント
ホワイトカラーでVSMを使うときは、
製造現場とは少し見るべきポイントが変わります。
- 作業時間より「待ち時間」
実際に手を動かしている時間よりも、
承認待ち・返信待ち・判断待ちのほうが長いことが多い。
改善余地は、しばしばここにあります。
- モノより「情報の質」
資料そのものより、
「依頼内容が曖昧」
「完了条件が不明」
「判断基準が共有されていない」
といった情報の粗さが流れを止めます。
ホワイトカラーでは、情報の精度が流れを決めます。
- 個人能力より「仕組み」
「この人が優秀だから回っている」
「この人がいないと止まる」
という状態は、一見頼もしく見えて、TPSでは危険信号です。
VSMは、属人性を責めるのではなく、
属人化が発生してしまう構造を見つけるために使います。
ケース紹介:採用業務にVSMを適用してみる
ある企業の人事部では、
「面接から内定までが長く、候補者が辞退しやすい」
という課題がありました。
現場では、
「候補者の都合もあるし、現場部門も忙しいから仕方ない」
と考えられていました。
しかし、採用プロセスをVSMで描いてみると、
次のような流れが見えてきました。
- 書類選考
- 一次面接日程調整
- 一次面接
- 評価コメント回収
- 二次面接日程調整
- 二次面接
- 部門長判断
- 条件確認
- 内定通知
図にしてみると、問題は面接そのものではなく、
その前後の“情報の受け渡し”にありました。
- 面接官の評価入力が遅い
- 評価項目が統一されておらず、判断に時間がかかる
- 次工程に渡す条件情報が不足し、確認が何度も発生する
- 日程調整が個別メールで属人的に行われている
結果として、
面接の実施時間自体は短いのに、
全体のリードタイムは大きく膨らんでいました。
このケースでは、
- 面接評価シートの標準化
- 評価提出期限の明確化
- 日程調整のテンプレート化
- 条件確認項目の事前整理
によって、内定までの期間が短縮され、
候補者体験も改善しました。
ここで効いたのは、
採用担当者の「頑張り」ではありません。
採用というホワイトカラー業務の流れを、見える化したことです。
まとめ
- VSMは、ブルーカラー専用の道具ではない
- 本質は「モノ」ではなく、「価値が流れる構造」を見える化すること
- ホワイトカラー業務でも、問い合わせ、承認、提案、採用、契約などに十分適用できる
- むしろホワイトカラーは、待ち・確認・差し戻し・属人化といった“見えないムダ”が多い
- VSMは、その見えないムダを構造として捉えるための強力な道具である
「VSMは工場のもの」
そう思った瞬間に、
ホワイトカラーの現場は大きな改善機会を逃してしまいます。
TPSは、製造業の専売特許ではありません。
**“流れを良くする思想”**です。
そして、流れが悪くなりやすいホワイトカラーの現場ほど、
その思想は大きな力を持ちます。

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