コラム
現状VSMの描き方――まずは“あるがまま”を見る
社会や現場の「あるある」課題
「改善しようとすると、すぐ“あるべき論”になってしまう」
「現場を見ずに、理想のフロー図だけがきれいにできてしまう」
「会議では『こうあるべき』が並ぶが、実際の仕事はその通りに流れていない」
ホワイトカラーの現場では、こうしたことがよく起こります。
特に、優秀でまじめな組織ほど、
「こうすべき」
「こうあるべき」
という議論が先に立ちやすい傾向があります。
しかし、TPS(トヨタ生産方式)の改善は、理想論から始まりません。
出発点はいつも、現場・現物・現実です。
ものと情報の流れ線図(VSM)も同じです。
VSMの最初の一歩は、未来の理想形を描くことではなく、
“今、実際にどう流れているか”を、あるがままに描くことです。
ここを曖昧にしたまま改善に入ると、
「改善したつもりなのに変わらない」
「ルールは増えたのに現場は苦しい」
という事態になりがちです。
今回は、ホワイトカラー業務でVSMを使うときの基本として、
現状VSMをどう描くかを整理します。

なぜ“現状”から始めるのか
VSMは、改善のための道具です。
しかし、改善の道具であるがゆえに、最初から「こうすべき」に飛びついてしまうことがあります。
- 本来はもっとシンプルに承認すべきだ
- 会議は減らすべきだ
- メールではなくチャットにすべきだ
- 標準化すべきだ
どれも一見もっともらしい。
ですが、ここには落とし穴があります。
それは、“今、どこで、なぜ、流れが止まっているのか”を見ないまま処方箋を出してしまうことです。
TPSでは、対策を急ぐ前に、まず事実を見ることを徹底します。
なぜなら、問題の見立てがずれていれば、
どんな立派な対策も空振りになるからです。
ホワイトカラーの仕事は目に見えにくいため、なおさらです。
感覚や印象で議論すると、
- 「なんとなく会議が多い」
- 「たぶん承認が遅い」
- 「おそらく情報共有が足りない」
といった曖昧な認識のまま、改善が始まってしまいます。
現状VSMは、この曖昧さをなくすための道具です。
まずは、評価せず、批判せず、今の流れをそのまま描く。
これが第一歩です。
現状VSMで描くべきもの
ホワイトカラー業務で現状VSMを描くとき、最低限押さえたいのは次の5つです。
1.何が“流れている”のか
まず最初に決めるべきは、
この仕事における“もの”は何かです。
製造なら部品や製品ですが、ホワイトカラーでは形がありません。
そこで、対象を明確にします。
たとえば、
- 提案書
- 見積書
- 稟議書
- 企画書
- 問い合わせ対応案件
- 採用候補者情報
- 契約書ドラフト
この“流れる単位”を決めないと、図がぼやけます。
VSMは、仕事全体を抽象的に描くものではなく、
一つの対象がどう流れるかを追うものです。
2.どの工程を通るのか
次に、その対象がどんな工程を通るかを並べます。
たとえば提案書なら、
- 顧客要件のヒアリング
- 構成案作成
- 上司レビュー
- 数値確認
- デザイン調整
- 最終確認
- 顧客提出
ここで大事なのは、組織図ではなく、流れ順で並べることです。
「営業部」「企画部」「管理部」と部門で分けると、
責任の所在は見えますが、流れは見えにくくなります。
VSMは、あくまで
“何が、どこを通って、次にどこへ行くか”
を描く道具です。
3.工程ごとの作業時間
各工程で、実際に手を動かしている時間を見ます。
- 構成案作成:45分
- 上司レビュー:15分
- 数値確認:20分
- 最終修正:30分
ここで意外な発見がよくあります。
「時間がかかっている」と思っていた仕事が、
実は作業時間そのものは短いことがあるのです。
ホワイトカラー業務では、
作業時間より待ち時間のほうが圧倒的に長いことが珍しくありません。
4.工程間の待ち時間・滞留時間
現状VSMで最も重要なのがここです。
- 上司レビュー待ち:1日
- 他部署回答待ち:2日
- 会議開催待ち:3日
- 顧客確認待ち:1.5日
TPS的に見れば、ここにこそ改善の宝があります。
なぜなら、
多くのホワイトカラー業務では、リードタイムの大半が
“価値を生んでいない待ち”
だからです。
現状VSMは、この待ちを見える化することで、
「忙しいのに進まない」の正体を明らかにします。
5.戻り・分岐・例外
ホワイトカラー業務は、製造よりも例外が多く、
その分だけ流れが複雑になりやすいです。
- レビュー差し戻し
- 顧客からの追加依頼
- 条件による別ルート承認
- 担当者不在時の保留
- 緊急案件の割り込み
この“例外”を省略すると、きれいな図にはなります。
しかし、それでは現実が消えてしまいます。
現状VSMでは、
むしろ面倒な例外こそ描くべきです。
なぜなら、現場を苦しめているのは、たいていその例外だからです。
現状VSMを描くときのコツ――“美しく”描かない
ホワイトカラーの人は、図を描くと、つい整えたくなります。
分かりやすく、見栄えよく、論理的に。
それ自体は悪くありません。
しかし、現状VSMの最初の段階では、
きれいさより、泥くささが大事です。
- 本当は口頭で飛んでいる
- 実は会議の前に根回しがある
- メールの前にチャットで相談している
- 正式フローの外で“事前確認”が挟まる
- ルール上は不要だが、慣習で承認が増える
こうした“裏の流れ”こそ、現状の本質です。
VSMは、社内規程の図を描くものではありません。
実際に仕事がどう動いているかを描くものです。
だからこそ、最初は美しくなくてよい。
むしろ、「こんなにぐちゃぐちゃだったのか」と見えることに価値があります。
現状VSMは“責めるため”ではなく、“理解するため”に描く
もう一つ重要なのは、
現状VSMを描くときに、
犯人探しの空気をつくらないことです。
流れを描き始めると、どうしても
- この承認が遅い
- この部署が止めている
- この人が細かい
- この会議がムダだ
という話になりがちです。
しかし、TPSの本質は、
人を責めることではなく、
仕組みの癖を見つけることにあります。
たとえば、
- 承認者が悪いのではなく、承認基準が曖昧
- 会議が悪いのではなく、会議に持ち込む前提が揃っていない
- 担当者が遅いのではなく、割り込みが多すぎる
- 戻りが多いのではなく、初期条件のすり合わせが不足している
こう見ることで、改善は建設的になります。
現状VSMは、
「誰が悪いか」ではなく、「どこで流れが崩れるか」
を見るための地図です。
ケース紹介:稟議プロセスを描いたら、“正式フロー外”が本体だった
ある企業の管理部門では、設備投資の稟議が遅いことが問題になっていました。
表向きのフローは明快でした。
- 申請書作成
- 上長承認
- 部門長承認
- 管理部確認
- 役員承認
- 実行
書類上はシンプルです。
しかし、現場の感覚では「なぜか毎回時間がかかる」。
そこで、実際の案件を1件選び、現状VSMを描きました。
すると、見えてきたのは“正式フロー外”の存在でした。
- 申請前に上司へ口頭相談
- その前に数字の妥当性を別担当へ確認
- 部門長に通るよう、事前に根回し
- 管理部に差し戻されないよう、非公式に事前チェック
- 役員会の開催日待ち
- 承認後も発注部門への引き継ぎで一時停止
つまり、正式フローは6工程でも、
実態としてはその前後に多くの“見えない工程”が存在していたのです。
さらに、各工程の正味作業時間は合計で2時間弱。
一方、全体リードタイムは12営業日。
遅さの原因は、
書類を書く時間ではなく、
事前確認・根回し・会議待ち・差し戻し回避のための非公式活動にありました。
この現状が見えたことで、改善の焦点は変わりました。
- 稟議書テンプレートの改善
- 事前確認項目の標準化
- 金額帯別に承認ルートを簡素化
- 役員会待ちを不要にする条件設定
- 管理部の確認観点を明文化
結果、単に「早く書け」ではなく、
流れそのものを設計し直す改善につながりました。
まとめ
VSMを使った改善で最初にやるべきことは、
理想を描くことではありません。
現状を、あるがままに見ることです。
現状VSMでは、次の点を押さえることが重要です。
- 何が流れているか(対象物)を決める
- 工程を流れ順で並べる
- 各工程の作業時間を見る
- 工程間の待ち時間・滞留時間を記録する
- 戻り・例外・非公式な流れも省略しない
- きれいに描くより、現実に忠実であることを優先する
そして何より大切なのは、
現状VSMを
“責める道具”ではなく、“理解する道具”として使うことです。
TPSの改善は、理想論からではなく、事実から始まります。
ホワイトカラーの現場でも同じです。
「本当は、仕事はどう流れているのか?」
この問いに正直に向き合えたとき、
はじめて改善は、現場に効くものになります。

ホワイトカラー向けのTPS講座(23/50)
次回予告
未来VSMの描き方――理想論ではなく“流れの改善案”を描く
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